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槇原敬之
アルバム:underwear
曲:revenge
2005.07/01 【Fri】23:15
歌詞(歌マップトップページ)
槇原らしからぬ負の感情をむき出しにした曲だけに、ファンにはこの曲があまり好きじゃない人もいるみたいですな。

僕は好きですよこの曲。
なので僕なりにいいと思う理由でも書いてみます。

この曲は多分男女のどちらかが粘着質だとか、復讐してやりたいと思う気持ちがどうとかってのは関係ないんじゃないかと僕は思う。

とにかくあれほど尽くしてきた女性に捨てられた悔しさを最大限に表現するとしたら「復讐」が最も適切で、かと言ってそれは相手を痛めつけてやりたいだとかいう
「悪意」や「憎悪」によるものではない。

言葉にできないほどの悔しさがこみ上げてきても、この歌の主人公がとったせめてもの反撃は、相手を傷つけたり困らせたりするものではなく、自分の中で蹴りをつけるだけにとどまったところに彼の優しさや誠実さが垣間見れるんじゃないかなと。

相手を困らせたりするようなことは、おそらくこの主人公にとっては思いつきもしない。

発想自体が無い。

「例え」復讐のために何ができるかを考えたとしてもね。

それだけ、どんな目に遭わされようとも本当に彼女のことを愛していて、「かわいさあまって憎さ100倍」とか言う理屈にかこつけてあれこれ煩く言葉の暴力を振るってみたりする男たちとは次元の違う人間性の持ち主なわけですよ。

人間なんだから、ひどい目に遭えばそれは悔しかったり納得しなかったりすることはあって当然。

そんな感情を抱くことは良くない、なんていうのはただの奇麗ごとに過ぎず、どんな心の優しい人でも怒りの感情がある。

それを前提とした上で、どうしようもなく自分が抑え切れなくなるほどの負の感情に支配されたとき、彼はどんな行動をとったか、というのがこの歌のテーマ。

「例えもう君が別にそんなことどうでもよくても」

というのは、「復讐」の最終目的が、「相手を傷つけること」ではないことがわかる。

とにかく抑えられないこの気持ちを、「復讐」という負の言葉で何とか昇華することで、あくまで自分の気持ちにけりをつけることが目的なんじゃないかな。

地味で陰湿な攻撃をするというのではなく、あえて「君」がどうでもいいようなことで「僕」は自分の中で決着をつけ、そうすることで「君」が困ったり傷ついたりすることはないんだ、という、それぞれが次の恋に前進するための手段として描かれているような気がする。

それは別の曲の歌詞「本当に君が大好きだったから もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対」に似た優しさじゃないのかな。

悔しくて何かを相手に一言言ってやるとしても、そういうことだけは言わない、という決意の表れが「もう恋なんてしない」の曲からは伺えたけど、「revenge」もきわめて似ている。
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